エルデ、ウロウロする

エルデ_2020_06_02_1

 私の見る限り、今日はこれまでのところ全ての時間帯でエルデの目は見えているようです。目さえ見えれば自由に動き回ることも可能で、連日の真夏日の暑さの中、少しでも涼しい場所を探して家の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていました。こうやって自発的に歩いているエルデを見られてちょっと幸せ。

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 但し、見えているのは左目だけで(それも限定的でしょうが)、右目は角膜の奥がまだ赤くなっているのがハッキリ判ります。それでも結膜部の赤さはかなり薄くなってきているので、何等かの変化は起きているんだと思います。それはそれとして、エルちゃん、まつ毛が可愛いよ。

エンツァイ_2020_06_02_3

 ということで雑草退治に精を出す積りでいたのですが、その前に恐ろしいことに気が付きました。私はメランポジウムの苗の水遣りを忘れていただけでなく、畑に蒔いたエンツァイ(空芯菜)の種にも水を遣るのを忘れていたんです。ああ、蒔き直しかと思いながら畑へ行くと、1本だけ芽が出ているではありませんか。さすがは中国野菜。これならまだ期待が持てると、タップリと水を掛けておきまして。

 というだけじゃなく、何日も畑へ行ってなかったので脇芽掻きや誘引もしなけりゃならないし、なかなか雑草退治にまで進みません。

自然薯_2020_06_02_4

 そんな待った無しの作業のひとつがこれ。支柱を超えてしまった自然薯の蔓をどこへ誘引するか。行燈仕立てにしようにも株間が狭すぎて支柱が立てられないし、支柱を延ばすったってどのくらいの長さにすれば良いのか判らないし… それで思い付いた方法がこれ。お判り頂けるでしょうかね、1本隣の畝間に新たな支柱を立て、自然薯の蔓が巻き付いている支柱との間を麻紐で結んだんです。麻紐に這わせて新しい支柱の低い位置まで蔓を導き、そこまで辿り着いたらまた支柱を這い登らせるっていう魂胆です。これなら蔓がどんなに伸びたって畑が続く限り平気ですから。下方向へ蔓を伸ばすのは植物にとってはストレスでしょうが、絡まる物が無くなってしまって支柱をUターンし始めた蔓もありますので、まぁ問題は無いでしょう。「あったまいぃ~」と自画自賛してしまいましたが、植え付ける前に栽培計画を立てろよってことですね。

トマト、育て直すことに決める

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 トマトの畝です。一度でもトマトを育てたことのある方なら、これがどんなに酷い状態かお解り頂けるでしょう。脇芽の様なものが伸びまくってボッサボサ。但し、伸びているものの殆どは脇芽ではないのです。

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 花房の先端が枝になって伸びたもので、肥料が多くて樹勢が強いと現れるのですが、今年は発生が非常に多くなっています。元肥を入れたのが災いしたのでしょう。

 しかしながら、ボサボサな理由はそれだけではありません。脇芽も生えていると思います。樹の上半分に実が着かないことが判ったら急にやる気が失せ、手入れを放棄し、誘引すらサボった結果がこの有様なのです。

 が、今日もスギナ退治をしている途中、閃いたのです。なにも実が着かないと判っている上半分を嫌々育て続ける必要は無いじゃないか、と。無駄な上半分は切り取ってしまい、脇芽を育てれば良いんです。生長点が折れてしまったとき等にやる方法です。

 それに、花房の先端が伸びた枝だって使えます。そもそも過肥が原因であるのですから、ボサボサに茂らせた方が肥料の消費も早まり、最終的には良い結果を生むかも知れません。幸い支柱は豊富に在りますので、生えている枝を全て育ててやりましょう。畝間は歩き難くなることでしょうが。

 実は、蕾が落ち、尻腐れ症が多発し、まともな収量が望めないと判って以来、トマトのお世話どころか、畑に行くのが嫌になっていたのです。でも、改善策を思い付き、気持ちが明るくなりました。明日からまた頑張り直せます。

 

 おっと、明日は畑には行けません。エルデを病院に連れて行くので。膝が、膝がと言ってはいますが、どこが悪いのか本当のところは判っていませんし、仮に膝だとしても、それが変形性関節炎なのか亜脱臼なのか、それとも靭帯損傷なのかも判っていないので、覚悟を決めてレントゲンを撮ってもらうことにしたのです。「覚悟」とは勿論、全身麻酔のリスクのことです。

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 病院に行くのにはもうひとつ目的があって、それは血液検査。エルデは以前から肝機能の数値が悪く、それが故に鎮痛消炎剤の使用が躊躇われるのです。ジャーキー類を与えなくなってからもう何年も経つので、それが原因なら改善されているんじゃないかと期待を込めて。

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 とにかく、この痛みだけでも何とかしないことには、歩きたがらなくなるのもそう遠いことではのではないかと心配でなりません。